超短編

V国とU国の間には国境がありました。
中立国であるW国が引いた白い線が国境でした。
  
その国境から10センチ離れた所に、兵士たちが立っていました。
  
V国側には、緑色の制服を着て黒い銃を持った兵士たちが、国境に沿って1メートル間隔でずっと並んでいました。
U国側には、紺色の制服を着て銀色の剣を持った兵士たちが、国境にそって1メートル間隔でずっと並んでいました。
  
彼らは言葉を交わしませんでした。
そういう決まりがあったからです。
彼らはずっとずっと、向かいに立っている兵士を見ながら国境を守り続けていました。 
  
V国の兵士の中に、黒い髪に紺色の眼をしたCという兵士がいました。
彼の目の前に立っているのは、茶色の髪に緑色の目をしたU国の兵士でした。Cは彼女の名を知りませんでしたが、そのU国の兵士はOという名前でした。
  
2人は同じ年に入隊して、同じ日に、国境を守る仕事を始めました。
2人は6年間お互いを見ながら、国境を守り続けていました。
2人は6年間言葉を交わしたことはありませんでした。
  
  
ある日、Oの代わりに大柄な兵士がCの前に立っていました。
Cはとても驚いて、-実は彼は好奇心旺盛な青年でしたから-大柄な兵士にOのことを訊きそうになりましたが、決まりを思い出して黙っていました。
   
4日間、Oの代わりに大柄な兵士がCの前でU国の国境を守っていました。
そしてその5日後に、Oが戻ってきました。
    
Cはなんとなく嬉しくなり、思わず
「おかえり」
と、小声で言いました。
Oはとても驚いた様子でしたが、何も言わずに立っていました。
Cは答えを期待していたので、ちょっと傷つきましたが、また
「4日間どうしていたの?」
と訊いてみました。
今度はCも口を開きかけましたが、そこへ2人の上司がやってきて2人は咎められてしまいました。
Cは上司が去った後に肩をすくめ、舌を出しておどけた顔をしてみせて、Oはそれをみてちょっと微笑みました。
    
その日から2人は少しずつ言葉を交わし始めました。
誰にも知られないように、唇だけを動かして。
   
Cは素敵な笑顔のOが好きでした。
Oもおおらかな性格のCを好きになりました。
  

ある日の満月の夜のことです。
   
Cが見張りを始める時間になって、いつもの場所に行くと、向かい側にはOと、そして彼女の上司がいました。
Cの上司は言いました。
「お前らは決まりを破りお互いに話した。あの兵士が先に話しかけたようだから、Oはこの兵士を刺せ。」
そこへCの上司もやって来て、彼に言いました。
「お前らは決まりを破りお互いに話した。お前が先に話しかけたようだが、あの兵士も同罪らしいから、Cはあの兵士を撃て。」
    
CはOを見ました。
Oは泣いていました。
Cも泣いていました。
   
Cの上司は大声で言いました。
「剣構え!!」
Oの上司も大声で言いました。
「銃構え!!」
2人は反射的に武器を掲げました。
    
Cの黒い銃口が、Oの頭に向いていました。
Oの銀色の切先が、Cの胸に向いていました。
         
「刺せ!」
「撃て!」
    
Cは銃を撃ち、
Oは剣を刺しました。
   
   
   
昔々、V国とU国の間には国境がありました。
中立国であるW国が引いた白い線が国境でした。
    
国境を越えて恋に落ちた2人の兵士たちがいました。
2人は決まりを破って言葉を交わしました。
    
彼らの死後に戦争が始まりました。
「どちらが先に決まりを破ったのか」という論争があったからです。
    
その戦争の後、今はV国もU国もありません。
    
ただ、2人の兵士のお話があるだけです。
ただ、2人を隔てていた、白い線があるだけです。